1985年に焼き鳥居酒屋「トリドール三番館」を兵庫県加古川市に出店したところからトリドールグループの歴史はスタートしました。最初はお客様が全く来なく、「どうしたらお客様が来てくれるのか」、そのことだけをずっと考え続けていました。今考えると、このことがトリドールの原点、強みの源泉になったのだと思います。全身全霊をかけて運営した焼き鳥業態「とりどーる」は、地域のお客様に支えられ店舗数も増えていきました。ただし当時の「とりどーる」にはまだ、他のお店と違う強さの確たるものがありませんでした。
丸亀製麺を始める前、私はうどんの聖地香川県の讃岐に行くことがありました。そこで訪れたのは2人だけでこじんまり商売をしているようなある製麺所でした。飲食店ではないため、愛想よく出迎えてくれるわけでもなく、サービスが良いわけでもありません。ただどんぶりの上にうどんを入れ醤油を一かけして食べるだけの製麺所でした。ある程度お金があれば、美味しいものを食べられる豊食の時代にもかかわらず、この製麺所には全国から人が押し寄せて大行列ができていたのです。自分が作ってきたお店ではこの製麺所のような行列はできていませんでした。
「一杯のうどんのためだけになぜ。そうか、人は体験や感動を求めているのだ。」ということに初めて気が付きました。目の前で茹で上がるうどん。それを器に盛り、できたてを食べる。作り手の動き、立ち込める湯気、におい、活気など、すべてがお客様の五感に響き、お客様はそれを「体験」しに来ているのだということに感銘を受けたのです。この製麺所を再現できればお客様に来ていただける、喜んでいただける、感動させることができる、そう確信したのです。
この信念のもと、丸亀製麺全店に製麺機を設置し、塩、水、小麦粉からその日の最良のうどん生地を作り、できたてのうどんを提供するという丸亀製麺のスタイルを確立したのです。
そして、資金が少ない中で丸亀製麺のフードコートへの出店を進めていきました。当時は店頭での実演販売をしていた業態はほとんどありませんでしたので、そこに圧倒的な競争力が生まれ、行列ができるようになりました。その後、フードコートの業態をロードサイドに展開するなど、さまざまな業態拡張を進め、丸亀製麺に集中投資していきました。そして2006年に東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場、2008年に東京証券取引所市場第一部に上場することができました。
日本国内では、1970年代からナショナルチェーンが一気に台頭しました。出店さえすればどんどんお客様が来ていくださいましたので、「お客様がいる」ことありきで戦略を考えれば良かった時代です。しかし現在、外食市場はピークアウトしていく中、オーバーストアの状態が続いています。
私たちは他社との差別化を図るため、店内で手づくり・できたて・臨場感を重視して付加価値を創出するというチェーン店としては非合理なことを追求してきました。ある程度の規模で多店舗展開する際は、提供する商品とサービスの品質を統一し、かつオペレーションを簡素化するため、セントラルキッチンで一次加工されたものを店舗に納品する仕組みを採用することが一般的ですが、私たちはそれをやりません。
私たちは創業当時から、「お客様は来ない」ことが前提としてあり、「どのようにしたらお客様に来ていただけるのか、どのようにしたらお客様に喜んでいただけるか」ということだけを考え続けてきたからです。創業当時の失敗があったからこそ「どうしたらお客様が来てくれるか、どのようにしたらお客様に喜んでいただけるか」ということだけを考えるようになり、それを実行し続けた結果としてここまで来たのです。
人は衝動買いをする生き物です。だからお店には、すごく食べたいと思わせる要素が必要です。そして、人の中の潜在的なインサイト、欲求にどう差し込んでいけるのかがとても重要となります。これができれば、何もない野原のマーケットが、肥沃なマーケットに変わります。逆にインサイトがなければ、売る努力をたくさんしなければならなくなります。私たちはこの潜在的なインサイト、欲求にどう差し込んでいけるのかを考え続け、実行してきました。
ものを買いたい、食べたいと思うのはどういうことなのかを考え続け、顧客創造、需要創造ができたら、一気に成長することができます。一見非合理に見えると思いますが、それで良いのです。手間ひまかけて取り組むことで、結果として、模倣が困難となり、参入障壁は高くなります。非合理の強みは、ブルーオーシャンを創り出すのです。これで一気に日本のマーケットを拡大することができました。
国内出店を加速している時期に、ハワイに行くことがありました。何気なく散歩をしていると、ワイキキのある通り沿いに雰囲気の良い家屋がありました。それを見たときに、この場所に丸亀製麺を持ってきたらたくさんのお客様が来てくれるのではないかと直感的に思い、出店することにしました。海外1号店となる「MARUKAME UDON Waikiki Shop」です。当時ハワイの食事代は高く、特に和食は高かったため、価格的にもリーズナブルに、実演シーンも見せることで、「MARUKAME UDON Waikiki Shop」は開店から大行列ができました。
手づくり・できたてという「感動体験」は日本人だけでなく、海外の人たちにも響くことを痛感し、海外でもやっていけるという自信が沸きあがってきました。その後、2018年12月に海外事業本部を立ち上げ、本格的な海外事業がスタートしました。
日本国内とは比べものにならない巨大な世界のマーケットの中で、「うどん」という日本の文化を啓発していくには時間がかかります。「うどん」との親和性の高い業態で、もっとマーケットを開拓していけるのではないかと考え、2015年ごろからM&Aを開始しました。
M&Aについては、私たちが共感できるものを持っている業態、考え方に共感できる企業に仲間になっていただくことが前提です。最初のM&Aは、バルセロナで見た大行列店でした。お客様の目の前で大きな中華鍋で火をおこしながら料理する店舗で、欧州人がタイの屋台にインスパイアされて展開していた「WOK TO WALK」です。現在は、欧州を中心とした20ヵ国で104店舗(2022年6月現在)を展開しています。これをきっかけに日本から人や資金を送り海外展開を進めるこれまでのスタイルをやめて、現地企業とローカルバディを組んで任せるスタイルに転換しました。
また直近で買収したのがTam Jai International Co. Limitedです。世界中にチャイナマーケットは存在し、中華の業態を持てば大きなスケールを獲得できるのではないかと思い、ゲートウェイである香港で人気の雲南ヌードルチェーン「譚仔雲南米線」と「譚仔三哥米線」を運営する同社を買収し、グループ会社化しました。2022年には日本国内にも初出店を果たしています。
2021年3月期以降、新型コロナウイルス感染症の影響で、世界各地でロックダウンなどが行われるなか、私たちは打つ手がない、時が経つのを待つしかない状況でした。
しかし、このままではいけないということで、テイクアウトを開始しました。それまでテイクアウトに対しては消極的でしたが、考え方を改めて、「できたて」という信念は守ろうということで進めました。しかしなかなかうまくいきませんでした。そこで開発したのが「丸亀うどん弁当」です。弁当という言葉は温かい印象を与えます。これでテイクアウト需要に火が付きました。これを通じて、新型コロナウイルスと共存していくすべを体得し、一回り自分たちが成長できたのではないかと思っています。
テイクアウトは、高齢者や小さいお子様のいらっしゃる方など、お店に行きにくいお客様に、390円という値段で手づくり・できたてのものを提供するもので、これも新たな感動体験となりました。オーダーされてから目の前で仕上げる、これが非合理ながら感動となるのです。普通の経営者ならば、お弁当を先に作って置いておく。そうすれば人件費もかかりません。しかしそこには「感動」がありません。成功体験を持った社員、パートナーだからこそ、理解して実施できるのです。結果、「丸亀うどん弁当」はこれまでに約2,200万食を提供することができました(2022年6月時点)。
2022年5月にミッション、ビジョンの見直しを行いました。「食の感動で、この星を満たせ。」これは私たちのスローガンです。私たちの志を社内だけでなく、社会に向けて発信したものです。「世界」ではなく「この星」です。国境など意識しない視点で、過去の常識や価値観にとらわれることなく、ひとつしかないこの星を幸福で満たし、頂点に立ちたいという想いが込められています。
私たちが追い求める「食の感動体験」とは、五感を刺激するだけでなく、人間の本能が歓ぶほどのものです。それを日々磨き続け、時代とともに進化し続け、世界中をワクワクさせ続けることが私たちの新たなミッションになります。
また、過去にもさまざまな矛盾を乗り越えて、誰にも予測できない成長を遂げてきましたが、予測不能な進化とはつまり私たちの生きざまそのものなのです。その進化をどこまでも続けることで、まだ見ぬ未来が切り拓けると思っています。その道の先でしかたどり着けないオンリーワンのグローバルフードカンパニーという私たちの目指す究極の姿を言語化したものがビジョンです。
外食の常識で見れば、私たちは異端児です。やはり一般的には生産性や仕組みが重要視されますし、多くの外食企業が今進められているのは、卓上にタッチパネルを置いたり、ロボットが配膳したりする省人化です。彼らから見れば、私たちが進めていることはあまり理解されないでしょう。しかし私たちは、「感動」が成長の源泉であることを疑っていません。不易流行、変えてはならないものなのです。変えて良いのは、需要予測などお客様から見えない部分のDX化などです。お客様と向き合う時間を作るために、投資していく必要があります。
トリドールから「感動」を外したら、単なる外食企業になってしまいます。単なる外食企業が世界の頂点に立つことはできません。私たちは異端児ですが、海外には考え方を共有する多くの仲間がいます。海外の経営者が同じ視点で経営をしています。成長のエンジン、源泉である「感動」を携え、世界中の仲間たちと、同時多発的な展開、網目状の成長をしていく、これが想像を絶する成長につながるのです。
一方で、気候変動をはじめとする社会課題が山積している昨今、これらの解決に貢献できない企業には、お客様はついてきてくれません。企業のエゴだけで成長するのには限界があり、そのような時代は終わりました。私はトリドールグループを次世代の未来を壊すような会社にはしたくありません。このような考えの下、持続可能な社会の実現に貢献する企業として、取り組みを強化していくために、今回、8つのテーマを4つのカテゴリーに整理したESGマテリアリティの特定を行いました。
特定した8つのテーマそれぞれは、当社グループの持続的成長とともに社会の持続性にとっても非常に重要なものです。また、社会課題がグローバル化する中においては、1社単独で社会課題を解決することはできません。バリューチェーン全体や業界全体として取り組むことが必要だと思っています。今後も同業他社やステークホルダーの皆様のご理解・ご協力を得られるよう対話を行い、連携を深め、トリドールならではの貢献をしていきたいと考えています。
ESGに取り組んでいるのも、今の自分たちを維持していくためではなく、未来を創っていくためです。当社グループは、常に外食業界の先頭を走る存在になっていきたいと思っています。「食の感動で、この星を満たせ。」この新たなスローガンの下、過去の常識や価値観にとらわれることなく、ひとつしかないこの星を幸福で満たすオンリーワングローバルフードカンパニーの実現に向け、邁進していきたいと思います。
株式会社トリドールホールディングス
代表取締役社長 兼 CEO